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“Path to Innovation”は、イノベーション・コンサルティング会社i.labが運営するWEBジャーナルです。

イノベーションに関連した、アイデア創出手法やマネジメント方法、さらに、おすすめの論文や書籍について紹介します。また、注目すべき先端技術や社会事象などについても、イノベーションが発生し得る「機会」としての視点から解説していきます。

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フィンランドにおけるイノベーション×デザイン
第2回:アアルト大学における起業家マインド育成

前回はヘルシンキの街について紹介しましたが、第2回目の今回は、アアルト大学における起業家マインド育成への取り組みについてご紹介します。

Tomohiko Terada / 2017.11.09

アアルト大学(Aalto University)とは


アアルト大学は、ヘルシンキにある公立大学です。フィンランドにあったヘルシンキ工科大学、ヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ芸術デザイン大学の3つが2010年に統合してアアルト大学ができました。アアルト大学の誕生は、イノベーション創出と密接に関わっています。科学、工学、ビジネス、芸術の専門性を密接に連携させることによって、イノベーションの創出に寄与するアカデミックな拠点を構築しました。

現在、アアルト大学のメインキャンパスは、ヘルシンキ市の隣のエスポー市のオタニエミにあります。メインキャンパスへは、ヘルシンキの中央バスターミナルからバスで30分程度で行くことができます。その際、該当区間の一回乗車券またはdayチケットのRegion two-zoneチケット(2つのゾーンを移動できるチケット)が必要です。

フィンランドは2008年頃まで日本などの多くの国と同様、大企業志向が強い国でした。08年当時はノキアの力が非常に強く、フィンランド中の優秀な学生はノキアに行くと言われるくらいだったと言います。しかしながら、08年以降のリーマンショック、ギリシャを端に発した欧州の経済危機、加えてスマートフォンの台頭がフィンランドの経済構造を一変させます。瀕死になったノキアを見て、人々は「ゴールデンジョブは無い」と痛感したとの事です。

欧州最大のスタートアップ(起業支援)イベントであるSlush(スラッシュ)は、08年に設立され、11年にアアルト大学の学生団体(アアルト・アントレプレナーシップ・ソサエティ)に引き継がれました。これがスタートアップ(起業支援)イベントとして大きく飛躍したきっかけといわれています。学生たちが引き継いだ背景には、学生たちの大企業志向からの変化があったことは想像に難く無いでしょう。

アアルトベンチャープログラム(AVP)とは


AVPはアアルト大学が提供している起業家マインドを育成するプログラムです。名前だけを聞くと学生を起業家に育てるようなプログラムを想像しますが、そうではないようです。今回は、AVPの外部コミュニケーション担当のMyunggi ‘MJ’ Suh氏に話を聞くことができました。

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AVPの目的


AVPはコースを通じて学生に知識と機会を提供し、起業家がどのようにビジネスを拡張していくか、実際に手を動かして経験する機会を提供しています。AVPの目的は起業家を育てることではありません。起業するにしても既存の組織で働くにしても、スケールできるビジネスを作る学生を育てることです。実際に起業する学生は、AVP卒業生の中の数パーセントです。しかしながら、100人の学生のうち5人しか起業しなくても、残りの95人にもアントレプレナーシップ(起業家精神)教育を施す機会を提供することを目標としているとのことです。

オープンに機会を提供


AVPは、学部を問わず、全ての学生に門戸を広げています。これはAVPの大きな特徴です。また、学生はAVPの授業に出席すると単位取得という実利を得ることができます。こうすることによって、より多くの人に『アントレプレナーシップ教育』を受けてもらうおうとしているとのことです。

また、AVPの恩恵を受けるのは学生だけではないのも特徴です。AVPは、定期・不定期の問わず、外部の方も参加できる多くのイベントを開催しています。定期的なイベントの中には、フィンランドの著名な方に登壇してもらうリーダーズトーク、ミニMBAのようなワークショップ(正式名称はAVP Wednesday Workshop)、そしてオープンランチがあります。私も実際に顧客の購買行動の理解(Understanding Consumer Buying Behaviour)のワークショップに参加しました(このワークショップについては、第3回で体験談を紹介する予定です)。また、リーダーズトークには、コネ(KONE)社長やフィンランドの連続起業家の方に登壇してもらっているとのことです。予定が合わずに出席できませんでしたが、私が訪れた時期には2016年のノーベル経済学賞受賞者であるベント・ホルムストローム(Bengt Holmström)教授の講演がありました。

[caption id="attachment_704" align="alignleft" width="1412"]img_1580 リーダーズトークのポスター[/caption]

 

より実践的な場の提供も


一方で、AVPはフェローという”プレ”・アクセラレータープログラムも運営し、起業に関して、より実践的な場を提供しています。実はアアルト大学にはスタートアップサウナというアクセラレータープログラムがあります。そのため、AVPがアクセラレータープログラム自体を運営することは出来ず、アクセラレータープログラムの体験版という位置付けでフェローを運営しています。フェローは1年で10名弱の参加があり、参加者は本プログラムでビジネスプランを作り上げる体験をし、起業のための知識を得たり、ネットワーク作りを行ったりします。

AVPが求められる背景


近年、AVPが求められている背景として、大企業は、自分でビジネスを拡大できる力を持つ人を欲しており、そのため起業家精神を持った学生を採用したいという傾向があるようです。そのため、副専攻でAVPを勉強したということが起業家精神の証明となり、学生は就職活動でアピール出来、企業はそれを基準に採用できるようになると、お互いに良い関係なのかもしれません。

また、これまでの話だけ聞くとAVPはうまく回っているように聞こえるかもしれませんが、これまでに紆余曲折もあったとのことです。今でもなお、昔からの教授陣の中からは起業家精神を養う本プログラムに対して批判的な意見があるとのことです。しかしそれでもAVPは毎年徐々に成長しており、世の中から求められていると感じているそうです。

今後、日本でも同様のアカデミックプログラムが盛んになってくると思われます。学生が、単位を取れるという実利を得ながら学んでいくことで、新たな事業を作るスキルやマインドセットを浅く広くでも学ぶことが重要になってくるでしょう。その時にAVPのやり方は大変参考になると思います。

次回は、AVPのワークショップについてご紹介します。『顧客の購買行動の理解(Understanding Consumer Buying Behaviour)』をテーマとしたAVPのワークショップの体験談です。
Author
寺田知彦

Tomohiko Terada
i.lab Director

東京大学大学院新領域創成科学研究科修士。ESADE Business School (Spain) MBA。キヤノン株式会社にて特許エンジエアの後、外資系戦略ファームにて、自動車業界をはじめ全社戦略立案等のプロジェクトに携る。i.labでは自動車、産業機器、ヘルスケア等の業界のアイデア創出・新規事業開発プロジェクトに携わる。

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