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“Path to Innovation”は、イノベーション・コンサルティング会社i.labが運営するWEBジャーナルです。

イノベーションに関連した、アイデア創出手法やマネジメント方法、さらに、おすすめの論文や書籍について紹介します。また、注目すべき先端技術や社会事象などについても、イノベーションが発生し得る「機会」としての視点から解説していきます。

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人間中心デザインを内製化したメガバンク:英バークレイズ銀行(前編)

みなさん、普段お使いの銀行にはどんな印象をお持ちですか。 今回、i.labが日常的に行っているデザインやビジネスに関する先端事例研究の中から、英国の大手メガバンクであるバークレイズ銀行の事例を前編・後編の2回にわたってご紹介します。 前編では、バークレイズ銀行が人間中心デザイン(Human Centred Design=HCD)の考え方を事業経営の一つの観点として重要視し、組織の中に取り入れていったプロセスを見ていきます。

TsukaharaToshihiro / 2020.7.22

英国のリーディングバンクとして君臨するバークレイズ銀行


バークレイズ銀行は英国の大手メガバンクで、300年以上の歴史を誇り、世界50か国以上で140,000人の従業員を抱えています。

イギリスで初めてATMを導入するなど、それぞれの時代で変革を続けながら発展を続けており、歴史ある金融機関として、イギリスのみならず世界のリーディングバンクとして、その名前を轟かせています。オンラインバンキングアプリの使いやすさも評判で、英国内において使い勝手の良い銀行として定評のあるメガバンクです。



「人間中心の銀行」として生まれ変わるための体制づくり

長い歴史の中で圧倒的な地位を築いてきたバークレイズ銀行ですが、2010年代に始まったフィンテックトレンドに煽られ、再び大きく変化せざるを得ない社会的状況に直面します。

“革新的・新しい・効率的”なイメージのフィンテックスタートアップとは対照的に、いわゆる伝統的な銀行であるバークレイズには“伝統的・古臭い・時間がかかる”といったイメージが付き纏ったため、それを払拭して、顧客を自社に繋ぎ止めていくことが経営陣にとっての大きな課題となったのです。

そこで新しいバークレイズとユーザーの関係性を構築すべくグループ化全体で様々な改革が始まります。

ここでは改革を進めるための組織体制づくりに関する施策に焦点を当て、特に以下の2点について取りあげます。

1.人間中心デザインの考え方をバークレイズグループ全体に普及させていく上で中心的な役割りを担った部署であるDesign Office

2.人間中心の視点でユーザーエクスペリエンスやサービス設計を行うことを主導した二人の人物

改革の最初の一手は、経営陣主導で2013年に行われた、グループ全体を組織横断的にサポートするDesign Officeという部署の設置です。

このDesign Officeは世界各国の様々な部署から集められた約200人で構成されており、銀行や証券などバークレイズグループ全体で一貫したユーザーエクスペリエンスをデザインしていくための内部デザインコンサルタント的な存在です。

彼らは、どの部署にも属さずにグループ内の様々なプロジェクトの早期段階から入り込み、テクノロジー担当チームなどと連携しながら、バークレイズグループとしてあるべきユーザーエクスペリエンスの実現を目指します。

2013年というと、世の中的に「デザイン」・「ユーザーエクスペリエンス」といった考え方が普及し始めるよりずっと前ですが、既にバークレイズではユーザー視点で自社サービスのエクスペリエンス・銀行とユーザーの関係性を組織横断的に捉え直す取り組みを内部で行っていました。

人間中心デザインを組織に普及させるハブとして機能するDesign Office


一部門として設置されたDesign Officeですが、内部で行われる業務にはどういったものがあるでしょうか。

Design Officeを指揮したClive Grinyer氏(カスタマーエクスペリエンスディレクター(2013−2016))は英国Design Councilのウェブサイトで掲載された記事の中で以下のように述べています。

「ユーザーが誰であるか、彼らにとってサービスのどんな部分が価値なのか、どのようなコンテクストでバークレイズと接点を持ったのかを理解するのが重要である。そしてカスタマーエクスペリエンスを考えることから始まり、サービスを作り込みながら、デザインというものをより戦略的に捉えていくべきである。」1

この考え方のもと、Design Officeはユーザー視点に立ってグループ全体で一貫したカスタマーエクスペリエンスを構築するためのデザインツールや知識を内部組織に普及させていくことを一つの業務としています。具体的には、デザインシンキングやアジャイル開発などの様々なアイデア実現メソッド、それらを運用するためのソフトウェアや環境をDesign Officeに内製しています。



しかし、アイデア実現メソッドのノウハウを集めるだけでは不十分なため、そのメソッドを試せる状況や制度づくりも業務の一つです。例えば、プロジェクトごとに部門横断的にチームを組成する制度やエクスペリエンス向上につながるアイデアを実現していくための決裁取得ルールの整備などが挙げられます。また、制度が形骸化しないように、グループ内にデザインの考え方を受け入れてもらえる風土・文化を醸成させることも業務に含まれるはずです。

加えて、具体的な業務内容や制度が定まるにつれ、それらの業務により適した人材の確保・育成も課題になります。バークレイズでは、ユーザーに共感し、彼らにとっての価値が何なのかという示唆を導くため、リサーチ専門職であるデザイン・リサーチャーの採用を始めました。

まとめると、デザインに関するツールや知識・運用ノウハウの集積、組織全体への布教や実行に伴う関係各所との調整、業務に適切な人材の確保・育成の3つを複合的に推進していくことがDesign Officeの役割と言えるでしょう。

特にバークレイズのような大きな企業では、これら全てを遂行していく上ためには、既存のプロジェクトの進め方、決裁プロセス、人材採用のあり方と整合性を取ることが必要になり、施策の実行には人員・予算計画の変更も伴います。

企業カルチャーなどソフト面での改革も必要であり、Design Officeの業務は非常に難度の高い組織改革を行うことと同義といっても過言ではありません。

では、なぜDesign Officeは形骸化することなく、組織の難題を超えて業務を推進できる状況を作り出せたのでしょうか。

バークレイズのDesign戦略を指揮してきた2人のキーマン


Design Officeに関しては元々経営陣による発案のもと勧められており、比較的全社的な連携が取りやすい状況にあったことは大きな要因の一つでしょう。ただし、トップダウンで魔法のように今の状態ができ上がったわけではなく、少なくとも二人の人物がキーパーソンとして活躍しています。



一人目はバークレイズにおいてデザインオフィスの基本方針をまとめ、最終的にサービス・デザインディレクターを務めたClive Grinyer氏です。

彼はロンドンの著名な芸術大学であるセントラル・セント・マーチンでインダストリアルデザインの学士号を1982年に取得後、2013年にバークレイズにたどり着くまでに、自分のデザインファームの経営、その他様々なデザインファームでチーム統括ポジションを経験しながら、サムスン、シスコ、オレンジ(仏大手通信事業会社)などでプロダクトデザインやカスターマーエクスペリエンスチームのディレクターを務めた他、英国Design Councilにおけるデザインディレクターも経験してきた人物です。

複数の企業を渡り歩き、デザインの知見を新しい組織に埋め込んで改革していく「プロデザイン経営者」的な存在といったところでしょうか。

バークレイズではカスタマーエクスペリエンスディレクター(2013-2016)、プロセス改善ディレクター(2016-17)、デザインディレクター(2016-2018)のポジションについており、順に、前述のDesign Officeにおけるカスタマーエクスペリエンス立て直しの指揮、デザインメソッドを活用した内部向けの業務改善プロジェクトの指揮、営業部が運用するファイナンシャルサービスをデザインシンキングの手法で改善していくサービスデザインチームの立ち上げを行なっています。



もう一人のキーパーソンは2020年現在もバークレイズでチーフデザインオフィサーを務めているNoel Lyons氏です。

彼は、1995年に英国のウルヴァーハンプトン大学で英文学を学び、出版業界で働き始めたため元々デザインのバックグラウンドはありませんが、デジタル化するメディア業界トレンドにのって、出版xデジタル、メディアxデジタルと活動の幅を広げていき、デジタルデザインエージェンシーに転職をします。そこで、複数の金融業界向けのプロジェクトを経験した後、いくつかのデザインファームの経営ポジションを経て、2015年にバークレイズにやってきた人材です。

いわば、金融xデジタルxデザインx経営分野における叩き上げのスペシャリストのような存在でしょうか。

バークレイズでは、デジタルデザインディレクター(2015-2018)、チーフデザインオフィサー(2018-2020現在)というポジションについており、上述のカスタマーエクスペリエンスチームで、実際にプロジェクトチームの現場指揮をとり、バークレイズとユーザーの関係性を考えてサービスという形に落としこむ仕事をした後、チーフデザインオフィサーとして人間中心の考え方やデザインメソッドを実際のバークレイズの実務の中に浸透させていくための指揮を取る役割を担っています。

この二人のような、デザインに精通し、デザインで組織とユーザーに価値を提供でき、デザインという概念の価値を組織に着実に広めていくことができる人材がいたからこそ、バークレイズのDesign Officeが形骸化せず、大きな組織の中でもその役割を果たせる状況が生み出せたと言えるでしょう。

また、この二人のような人材を見つけ出し、全社的に影響力のあるデザイン周りの役員ポストを新設・与えることができた経営陣も、変革しやすい土壌を作り上げた立役者であると言えます。

第一回目の今回はバークレイズがどのように人間中心デザインの考え方を社内に取り入れ、組織としてそれを活用できる体制を構築したのか、をご紹介しました。

バークレイズ銀行の事例は、デザインの考え方でビジネス全体を捉え、デザインのメソッドをあらゆるビジネスプロセスで使用しながらユーザーにとっても企業にとっても新たな価値を生み出し、さらに企業として他社との戦略的差別化も進めていく「Strategic Design/デザイン経営」という側面においても示唆のある事例だと思います。

本記事が、企業ブランドとユーザーの関係性はどうあるべきか、そのために組織としてどうあるべきか、人間中心のデザインメソッドが自社の経営のコンテクストでどう活用できるのか、考える機会となれば幸いです。

次回は、Design Officeを設置してカスタマーエクスペリエンスに注力してきたバークレイズ銀行が実際にどのような体験をデザインしたのか、ロンドンで生活しながらバークレイズ銀行を実際に使っていたi.labインターンの檜山の経験を交えながら、ご紹介していく予定です。お楽しみに。

なお、i.labでも近年、このようなデザインオフィス/イノベーション推進室の立ち上げや支援の依頼を多く頂いております。もしお困りのことがございましたら、いつでもご相談お待ちしております。

執筆協力:檜山悠太朗(i.labインターン、Hult International Business School在学中)

<参考資料>

1 Is this the bank of the future? , Design Council
https://www.designcouncil.org.uk/news-opinion/bank-future
Author
塚原章裕

TsukaharaToshihiro
i.lab Service&Business Designer

一橋大学商学部卒業。ischool修了生。総合商社にて輸送機グループの予決算業務に従事した後、現職。デザインリサーチ・サービスデザイン・ビジネスデザイン領域を担当。在学時にAalto University(Finland)にてInnovation/Design Managementを学ぶ。Hitotsubashi Global Consumer Survey、博報堂グループ会社での生活者調査、エチオピアでのプロボノ活動などを通じて、日本・中国・インドネシア・エチオピアにおけるトレンド・ユーザー・マーケット調査の経験がある。共著「インドネシアはポスト・チャイナとなるのか アジア巨大市場の10年後」(同文舘出版)。

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i.labでの働き方

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2020.5.22

Directorの寺田です。 COVID-19の影響で外出自粛の日々が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。i.labでは1か月以上にわたり原則在宅勤務をしています。 i.labは以前より比較的フレキシブルな働き方をしてきた方ですが、それでもスタッフ全員が毎日在宅で仕事をするようなことは今までにはなかったので、かなりのチャレンジです。 そんな中で、プロジェクトのミーティングやワークショップなど、オンラインツールZoomやAPISNOTE(i.schoolで開発されたオンライン付箋ツール)を使って実施しており、今までと同じ業務クオリティを担保するよう努めております。

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