大企業の中で新規事業を創出する
「新規事業を創出しなければ」という若手の危機感
三菱重工グループ(http://www.mhi.co.jp/)は、エネルギー・環境、交通・輸送、防衛・宇宙、機械・設備など、幅広い分野において産業インフラを提供する日本有数のものづくり企業です。新興国企業の台頭など、グローバルな企業間競争がより激化する中、三菱重工グループの次の中核となるような革新的な新規事業の創出が求められていました。特に若手社員の中では、将来自分たちが中核を担う事業を、今自分たちの手で創らなければ、という危機意識が強く芽生えるようになっていました。
部門横断型の新規事業創出プロジェクト「K3」
そのような危機意識の中、部門横断型の新規事業創出活動として始まったのが、「K
3プロジェクト」(以下K
3)でした。活動は、i.lab支援のもと、三菱重工グループの事業部門を越えた32人の中堅・若手社員が集まり、「未来の都市生活において循環型で高効率のエネルギーライフを実現する製品やサービスを考え出す」ことを目標に行いました。「K
3」には「Kiai:気合いと、Konjo: 根性で、Kilo: 1,000個のアイデアを創出する」という意味が込められています。巷では起業が成功する割合は1,000社に3社と言われますが、これを逆手にとり、1,000個のアイデアを考え出せば3つは成功するはずだと考えたのです。
未来の新興国都市部の人口過密化に着目
K
3では、生活者視点と技術視点の調査をほぼ並行して行い、有望な新規事業アイデアを創出するための事業機会領域を絞っていきました。生活者視点の調査では、未来の都市生活を洞察するためのフィールドとして、国内4カ所、海外3都市においてインタビュー等を含むフィールド調査を実施し、生活者視点から未来の都市生活に潜む課題をあぶり出していきました。一方で技術視点の調査では、テーマに関連した自社および他社の利用可能な技術・製品を価値と機能・形状の概念に分解しカード化することで、活用可能な技術を全体観を持って整理しました。さらに、他分野関連技術やアナロジーの観点で整理された、アイデア発想に活用可能なリソースも並行して整理しました。最終的にこれらの過程で見出された、最も有望な機会領域は「未来の新興国都市部の急速な人口過密化に伴う種々の課題」でした。
都市の水インフラを刷新する新ビジネスアイデア
未来の都市生活者×技術で1,040個の新ビジネスアイデアの創出
約2ヶ月間の生活者視点と技術視点の調査を通じて得られた、具体的な未来の都市生活像と活用可能な技術の掛け合わせ、またアナロジー活用のためのインスピレーションカードを用いた強制発想手法により、繰り返しの検討を経て計1,040個のアイデアを創出しました。その後、計1,040個のアイデアは、実現可能性や収益性に関して約40名にも及ぶ社内各部門の専門家レビューを基に、新規性や社会的インパクト、三菱重工グループが新規事業としてやる意味があるかなど、様々な観点から精査し、最終的に2つの事業アイデアに絞り込みました。
未来の上下水道インフラ「プライベートウォーター・システム(PWS)」
最終アイデアの1つ「プライベートウォーター・システム(以下、PWS)」は、都市部における数千人規模以上のビル・宅地を対象にした、民間事業会社による未来型上下水道インフラシステムです。PWSの特徴は大きく2つあります。1つは、ビル・宅地内で利用される水の浄化・循環を行う「モジュール型システム」で、生活排水(風呂・トイレ・台所など)を最先端技術(RO膜など)を用いて、水道水を超える清浄度まで高度浄水処理し、求められる水質・水量に分けて循環・供給する仕組みです。
もう1つは、「排水側課金システム」で、水道水のように利用量に応じて課金するのではなく、排水量と水質に応じて課金する仕組みです。水を必要な量だけ汚さずに利用すると費用が安くなるため、水を大切に利用しようというインセンティブを高められるのです。
特許出願後わずか2ヶ月間で権利成立
2015年4月現在、PWSは事業としての実現に向けて社内外のコラボレーターとの可能性の探索や調整を行っています。K
3の成果物であるビジネスアイデア2つに対して、アイデアそのものの競合優位性やビジネスモデルのオプションを確保するために、計20件(PWSで15件、もう1アイデアで5件)の特許出願を行いました。そのうちPWSの特許では、「スーパー早期審査」を活用することで、申請からわずか2ヶ月間で2件の権利化に成功し、現時点までに国内にて15件全ての権利化がなされ、現在海外でも申請を進めています。不確実性の高い新規事業創出プロジェクトにおいて、従来の社内評価指標の1つである特許によって、事業アイデアの新規性と実現可能性が担保されたことは、事業の本格検討の後押しとなっています。
プロジェクトの当事者が語る
自社技術の価値を人間中心で見直す
技術視点の調査では、社内の部門を横断し、エンジニアや営業担当者、知財担当者も一緒になって、テーマに関連した自社および他社の利用可能な技術・製品を人間側から見た価値と、それを提供している機能・形状の概念に分解・分析し、写真とキーワードから成るカードとして整理しました。この作業により、自分の頭の中に体系的に整理された状態で、次のフェーズのアイデア創出に臨むことができました。また、1つの技術・製品の本質的な価値を見る訓練にもなりました。
また、三菱重工グループのような技術資産の多い企業にとって、活用可能な技術を整理し、イノベーション創出プロセスをデザインすることは、自社の技術・製品を活かしながら新しい用途や市場を探索していくプロセスに近いものがあり、馴染みやすいものだろうと思います。
上司の狙いは新規事業創出と共に、次世代イノベーション人材の育成にあった
K
3は、新規事業創出をメインの目的として活動していましたが、そこに関わる人の立場によって多様な意義を持つ、多目的プロジェクトでした。まず、プロジェクト当事者である中堅層は、新規事業自体を創出することが一番の目的でした。本来、新規事業創出は不確実性が高く、経営層にとっては従来の社内基準で判断が難しく、大きなリスクが伴います。しかし、経営層にとっては自分たちが引退した後に、新規事業を創出できる次世代の担い手を育成することを狙いとしていたのです。
やらされ仕事ではない、自らが主体性を持って本気で取り組む仕事だからこそ、そこから獲得できる学びが、真に人を育てると考えたのです。また、通常業務において新規事業創出にほぼ関わることがない若手層にとっては、新しいことができる特別な場としてK
3を位置づけていました。
そのアイデアを本当に押し進めたいと思えるかが実現への鍵
元々、社内には潜在的に新規事業を創出したいという気持ちがあったように思います。それは、プロジェクト当事者である私が必死にアイデアを前に進めようとしていた時、部門を越えて多くの仲間の協力を得られましたことからも確信しました。また、参加者全員が常に自発的に動くことを意識しており、事業化に近づくにつれ、新しい課題が増える中でも、チームとして一歩ずつ前進できたように思います。また、i.labのように、この人たちならアイデア実現に向けて、最後まで一緒になって伴走してくれるという信頼できる仲間が社外にいたことも、実現に向けて走り続けるための大きな助けになりました。