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“Path to Innovation”は、イノベーション・コンサルティング会社i.labが運営するWEBジャーナルです。

イノベーションに関連した、アイデア創出手法やマネジメント方法、さらに、おすすめの論文や書籍について紹介します。また、注目すべき先端技術や社会事象などについても、イノベーションが発生し得る「機会」としての視点から解説していきます。

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見えないものを見る技法_エクストリームユーザーインタビューと防災のアナロジー

こんにちは、i.labビジネスデザイナーの島村です。ブログ初投稿となる今回は、私たちの生活や企業活動を取り巻く「未来の予測不可能性」との向き合い方について考えてみました。

Yusuke Shimamura / 2021.5.07

■ 未来の予測不可能性


新型コロナウイルス感染症の流行は、改めて私たちに未来の予測不可能性を痛感させています。社会学者ギデンズが「未来の植民地化」と呼んだように、近代は未来を「計算可能で人間が構想できるもの」として捉え、リスク計算やシミュレーションといった手法を発達させ、未来をコントロールしようとしてきました(*1)。近年では、いわゆるビッグデータやAIによる予測のさらなる精緻化および即時化も期待されてきました。しかしながら、過去のデータに基づく予測モデルでは、その延長線上にない未来の変化を本質的に知り得ないことが、パンデミックによる社会の激変という形で誰の目にも明らかになりました。

もっとも、未来が本質的に予測不可能であるというのは以前より指摘されてきた話であり、それに対応する形で、シナリオプランニングをはじめとする「予測不能な未来に備える」ための手法もある程度普及してきました。シナリオプランニングとは、最も可能性の高い一つの未来を特定するというよりは、未来に大きな影響を及ぼすと想定される変数をいくつか設定し、その変数がどの方向に変化するかに応じて何パターンかの未来シナリオを作成する手法です。可能性が低いと思える未来も想定しておくことで、いざその時が来た場合も機動的に対応できるところにメリットがあると言えます。

一方で、もし仮に「世界的パンデミックが2020年に発生する」というシナリオを事前に作成したり、その確率を算出したりしていたとして、どれだけの人が本気でそれに備えていたでしょうか。結局大事なことは、未来を想像したり変化の予兆を感じ取ったりしたときに、どれだけ当事者意識を持って、リアルな話として捉えられるかにあるのかもしれません。本ブログでは、新規事業創出や未来シナリオ策定などの「未来に向けた」企業活動において私たちがいかに不確実性と向き合うべきか、予測と行動が非常に重要な領域である防災の事例をアナロジーにとりながら考えてみたいと思います。

■ なぜ未来予測で人は動かないのか_防災のアナロジー


未来の不確実性との向き合い方に関連して、京都大学防災研究所矢守教授による、防災についての興味深い論考(*2)をご紹介します。

矢守教授によれば、防災における予測は二つの矛盾を抱えています。

1.防災においては、予測が予測の通りにならないように人が行動することが期待されている。すなわち、被害予測を受けて対策するという人の行動によって実際の被害が軽減され、予測の通りにならないことで初めてその予測は成功したと言える。

2.防災においては、被害予測に合わせて備えることよりも、どれだけ予測を超えた事態に備えるかが重要になる。その際、想定外を想定し尽くすという原理的に不可能な方法ではなく、想定外に触れる経験を蓄積することが求められる。

2つの論点に共通しているのは、未来予測そのものよりも、それを受けて人が行動を変容させたり、対応能力を高めたりすることが肝要であるという点です。しかしながら、未来のことは未定であるが故に、人は未来への対策を怠ることも同論考は指摘しています。つまり、未来の災害が予測されていても、人は不確実なことへの対策に労力やお金を割くよりも、それが起こらない可能性を信じる方に甘んじてしまうのです。

では、どうすればいいのか。矢守教授が提案するのが「未来の既定化」という考え方です。噛み砕いて言えば、未来のことを「既に起こってしまったこと」として考えるということです。「あの時こうしていれば…。」「あの時あれをしなかったからこんな結果になったのは当然だ…。」人は何かが起こって初めて、当時の自分の選択を振り返り、結果は必然であったと感じ、取り得た選択肢について思いを馳せることができるようになります。これは現在から過去を振り返っての話ですが、それを未来-現在の関係に応用し、未来のことを今起きたことのように考えることで真剣になれるというのが「未来の既定化」というアプローチです。例えば、矢守教授らが開発する「逃げトレ」という避難訓練アプリ(https://nigetore.jp/)では、訓練開始後の自分のリアルタイムの避難位置に対して、津波がどれだけ押し寄せているかが可視化されます。これにより、ユーザーは未来の津波をあたかも現在自分の身に起こったこととして体感することができ、「もしあそこで家具が倒れていたら間に合わなかった。固定しておこう」など、真剣さと具体性を持って不確実性に備えることができるようになります。一度でも未来を具体的なものとしてその目にした人とそうでない人では、起こりうることに対する捉え方が全く異なるのです。

■i.labで実践するエクストリームユーザーインタビュー


一度ここまでの論点をまとめます。
・未来は本質的に予測できない。
・シナリオプランニングなどの手法を用いて未来を想像することは、人がその未来を真剣に受け止め、行動を変容して初めて有用になる。
・未来を既に起こってしまったものとして捉えることで、不確実だが起こりうることを具体的にイメージし、自分がどうすべきか考えることができる。

さて、防災から企業活動に視点を移します。企業活動で未来を扱う場面としては、中期経営計画のように過去や足元の実績からある程度連続性を持った未来を扱うものと、新規事業開発やシナリオプランニングのように非連続な未来を志向するものがあります。ここでは特に後者について考えたいと思います。後者の活動で特徴的なのは、今は顕在化していない生活者像やニーズを掘り起こしたり、社会の変化の兆しを捉えたりして、それに呼応したアイデアおよび戦略を創出する必要があることです。しかしながら、データや事例が十分ないことから、具体的にどんな課題が発生しどんな価値が求められるのか議論が深まらず、キーワードベースの漠然としたアイデアになりがちといった課題もあります。データによる裏付けがなく、コンセプトも曖昧な(それゆえ、発案者自身も自信が持てない)アイデアでは、当然社内の関係者をその気にさせ、稟議を通して実現へと進めることも困難です。

そういった課題に対してi.labが取り入れている手法の一つとして、エクストリームユーザーインタビュー(以下、ExUインタビュー)を紹介します。i.labが実施する新規事業創出や未来洞察プロジェクトにおいても、シナリオプラニングやFuture Map(未来の大きな社会的および技術的潮流を地図上にまとめたもの)などを用いて未来の社会像を設定しています。その際に重要視しているのが未来の社会で暮らす生活者を具体的にイメージし共感することで、そのための手法がExUインタビューです。ExUインタビューとは、特定の物事に対して極端な価値観を持つ生活者にインタビューをする手法で、対話を通じてインタビュアー自身が持つ固定概念を破壊したり、物事や行為の本質的価値を発見したりすることが目的であると一般的に理解されています。

i.labでももちろんそういった目的でExUインタビューを行うことも多々ありますが、その派生系として、「未来では当たり前になっていそうな行動や価値観を、現在において実現している人」にインタビューを行うことがあります。例えば「コロナが断続的に流行する未来像においては、家の近くで楽しみを見出すことが重要になる」という仮説に対して、「現在、居住地域内の高級ホテルに定期的に泊まっている人」という〈未来の当たり前〉になりそうなことを現在実践している人にインタビューをしたことがあります。その方いわく、「近所でも高級ホテルに泊まることで一気に旅気分を得られる」ということで、旅気分の演出に移動距離は関係なく、日常との体験の<質の違い>が重要であるという示唆が得られました。さらに、その人がなぜ旅気分を重要視しているのか深掘りして聞いていくと、実は「街では常に新しいレストランや近道など発見をしたい」ということで、日常の中に新しさや偶然性を取り込みたいという思いが根源にあることが分かりました。

After/Withコロナの世界を想像する時、「移動が極端に減少してローカル圏での楽しみが大事になるかもしれない」というところまで考えるのは難しくありません。しかし、「ではどういった楽しさを提供すれば良いのか」という一歩踏み込んだ問いに対して自分たちなりの答えを持っていなければ、解像度の高いアイデアを創り、実行に移すことはできません。今回のExUインタビューでは、移動距離がない中でも新しい発見がある(=質的に異なる体験ができる)ことが価値になることが分かりました。言われてみれば当たり前に感じるかもしれませんが、<未来の当たり前>を具現化した存在を目の前にしたからこそ、漠然と未来を考えるだけでは見落としがちな当たり前、すなわち本質的な価値に気づけたのだと思います。また、読者の皆さんも、「近場で高級ホテルなんて変わっているな」という感想から、「確かに自分も新しい経験を欲しているな」と共感度が高まったのではないでしょうか。

(シナリオプランニング、ExUインタビューの詳細や、アイデア創出の実践例についてはこちらのブログ連載もぜひご覧ください)

この方法は、防災における「未来の既定化」の議論と通じているように思います。〈未来の当たり前〉を実践する人との対話や観察を通じて、未来の人々が持っていそうな価値観や困りごとをまさに今目の前で起きていることとして感じることができます。そうすることで、概念やキーワードレベルでの抽象的な理解を超え、生活シーンが思い浮かぶような具体的な理解そして共感へと踏み込むことができます。そして、未来の生活者に対するリアルな理解と共感を元にアイデアを創出することができれば、「このアイデアはやるべきだ」と自信や熱意を持って推進することができるのではないかと思います。

■ まとめ


未来は予測できず、確率が低いと思われる未来から目を背けることの危険性が明らかになった今、どれだけ不確実な未来シナリオに対しても自分をその当事者として捉え、解像度高く共感し、アイデアを備えておくかがあらゆる企業にとって重要になっています。また、アイデアを「面白いね」で済ませるのでなく、素早く実行する経験を積んでおくことも必要です(防災において不確実性に何度も触れる訓練をしておく必要があるのと同様)。そうすることで、突然の変化に対して後手後手に対処を迫られるのではなく、予兆を感じた段階で素早く適応することができるはずです。

確かに、特に大企業における意思決定では過去の実績やデータに基づかないアイデアを通すのは難しいことが多々あります。そうした中でも納得し、賛同してくれる人を増やしていくための手法としても未来の既定化やEx Uインタビューという手法は有効です。見えないはずの未来を、今、自分の目で見てしまった人、いわば共同主観を持つ仲間を増やすことで、起こりそうな変化に対応するだけでなく、自分たちで未来を創り出していくことが可能になるのではないでしょうか。

■参考文献


*1 ”Modernity and Self-Identity. Self and Society in the Late Modern Age.” Giddens, A. 1991, Polity

*2 『予測が作る社会』(山口富子・福島真人編:2019)第4章 防災における「予測」の不思議なふるまい 矢守克也
Author
島村祐輔

Yusuke Shimamura
Business Designer

東京大学 教養学部 超域文化科学科 文化人類学課程 卒業。東京大学大学院 総合文化研究科 超域文化科学科 文化人類学コース修士。在学中にi.schoolを修了し、i.labでのインターンを通じてイノベーションプロジェクトの実践を経験。修士号取得後、ヤフー株式会社に入社。IR部門で株式市場との関係性構築に携わった後、事業開発部門でインターネットメディア・広告領域におけるM&A、PMI、新規事業開発に従事。その後、現職。

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